部屋の戸を開けると、聞きなれた笑い声がした。 ルクレチア、と彼女の名を呼べば、部屋の中の少女の影が恭しく礼をする。 「今晩は、お兄様」 「結婚を控えた淑女がこんな夜中に男の部屋にいるもんじゃないぞ」 ベッドに腰掛け、少ししきつい口調でたしなめると、彼女は幼い声でくすくすと笑う。私が生まれたときからずっと一緒でしたのに何を今更、と呟いて、彼女は私の足の間に座り、胸に頬をあてた。 「今日、お父様から贈り物がありましたの」 柔らかな髪を撫でながら、それの見かけは砂糖に似ているかと問うと、彼女は頷き、胸元から小さな瓶を取り出した。 「お兄様なら、これがどんなものかは知ってますよね」 ボルジア家に伝わる毒薬。口当たりの良い白い粉末。彼女の白い指に包まれたそれの名前は、 「カンタレラ」 彼女はまるで恋人の名前のように囁いた。 私は枕の下に手を滑りこませると、冷たい小瓶を掴む。自分のより幾分中身の減ったそれを見ると彼女は妖艶な、齢十三の少女には似つかわしくない、笑みを浮かべた。 「お兄様」 彼女は自分の小瓶に口づけて、私の手に握らせ、言った。 「これは私です。如何なる時も必要とされたなら貴方を助けます」 身体の向きを変えた彼女の唇が耳に触れる。 「だから、私に貴方を下さい」 いいだろう、と返事をして私はもう一つの小瓶を持ち上げ、口づけた。 「私をルクレチア=ボルジア嬢に」 彼女は無邪気に、笑った。 彼女の命は私の手の中に。 私の命は彼女の手の中に。 ああ、ついに賽は投げられたのだ。 (補足) ボルジア家は実在します。 ただ、人物像はAMの妄想にすぎません。 ちなみに実際のルクレチアは慈善や福祉に生きた女性だったそうです。 |