視界の隅に置いたケータイに手を伸ばしては引っ込める。さっきからそれを馬鹿みたいに繰り返している。一度二度遠くに放り投げてはみたものの、結局拾いに行ってしまうので手元に置いておくことにした。

進級がそろそろ危ないことに気づいたとき、あの人とは暫く連絡を取らないと決めた。ただでさえ俺は年下なのにここで足踏みなんかしたら、どんどんあの人に追い越されてしまう。だから、けじめをつけるために絶対にあの人とは連絡を取らない。多分メールをすれば会いたくなるし、電話をすれば生身の声を聞きに家まで押し掛けて行くだろう。


あの人は寂しがっているだろうか、と行き詰まったレポートの前で考える。寂しいと泣いたり、積極的に甘えてくるタイプじゃないのは知っている。むしろ煙たがれたりするぐらいだ。でも、嫌われているわけじゃない。良く言えばツンデレ、悪く言えば冷たい。まぁ、そういうところも全部ひっくるめて愛してるから問題ない。つまりは惚れた弱み、というか恋は盲目。
そんなことを考えていたら、自然にケータイに手が伸びた。指先に感じた振動で我に帰って、画面をそっと開く。


あの人からの着信。


慌てて通話ボタンを押して電話に出ると、懐かしい声が聞こえる。夢でも妄想でもない本物の、あの人の声。

「フレンチクルーラーが食べたい」
あの人は俺の言い訳じみた言葉を遮るように言って、すぐに電話を切った。

「畜生、これは反則だろ……」
沈黙を取り戻した電話を放り捨てて、棚の上のバイクの鍵をつかむ。レポートは取り敢えず放置。向かうはドーナッツ屋とあの人の家。

床に脱ぎ散らかしたままのブルゾンを羽織って鏡を見た。
かなりだらしない顔をしていたので、頬をぴしゃりと強く叩いた。


(多分、産まれてからずっと会いたかった)