観覧車は緩慢に、けれど確実に回転している。
僕らが乗っているゴンドラは床が透明になっていて、足下から地上を臨むことが出来た。

「空を飛んでるみたいだね」
「そう言ってもらうために作られたんでしょ」
陳腐な台詞は正論で返された。
せっかくカップルみたいな会話をしてみようとしたのになあ、と茶化してみたらきっと睨み付けられた。


しばらくは会話もなく二人してじっと眼下に広がる風景をまじまじと見ていた。人や、車や、おあつらえ向きのデートスポットなんかがどんどん小さくなっていく。
まるで……
「人がゴミのようだ!!」
彼女が仁王立ちになって言った。ハハハ、と高笑いまでしている。
とりあえず、気持ちを代弁してくれてありがとう、と言うべきか、あんたそんなキャラだったのかよ!と驚いてみせるべきか迷ってみたが、「ムスカかよ」と至極普通なツッコミをするにとどめた。
「ムスカだよ」
「ムスカだね」
「多分、きっとたくさんの人が同じこと言ったと思う」
「きっとじゃなく絶対だろうなあ」
「それこそ全国津々浦々にいるだろうね」
「この観覧車に乗ってるやつにもいるかも知れないなあ」
「たぶんいるよ。……あ」
彼女はびくっと体を震わせた。
「てっぺんすぎちゃった」
ゴンドラはすでに下降し始めている。
彼女は溜息をつき、これもムスカのせいだ!と呟いた。
そんなことの責任までとらされたらムスカも堪ったもんじゃないだろう、と心の中でムスカを擁護してみる。特別好きなわけでもないけど。

「あのさ」
声をかけると彼女が頭を上げて首をかしげた。
「観覧車降りたら成仏しろよ」
「……一人で観覧車乗るような奴に言われたくない」
彼女が手をひらひらと振った。透けた指先を通してレインボーブリッジが見えた。
こういう所には時々、彼女みたいなモノがいる。 誰かの笑い声や、つないだ手の温もりなんかに惹かれるのだろう。 そういうモノたちは人間に危害を加えることはあまりない。ただ、人混みに紛れてそこにいるだけだ。
でも。
「不毛なだけだから。前へ、進まなきゃ」
「偉そうに」
彼女は吐き捨てるように言った。
「でも、あと100周ぐらいしたら考えてもいい」
変な奴だけどあんたのこと嫌いじゃないし、と彼女がうつむいてぼそぼそ言うのが聞こえたけれど、そこは茶化さないことにした。


彼女を残して観覧車を降りた。ゴンドラは止まらずにまた緩慢な速度で上昇していく。
全く、おかしな幽霊もいたもんだ。
一人で観覧車に乗るような変な奴の与太話に付き合ってくれるなんて、さ。