ーお父様、お父様、寝る前にお話をしてくださいませんか?
かわいい娘の頼みに私はうなずいた。



世界の片隅に本ばかり読む少女がいて、その傍らには少年がいました。

少年は少女を愛していました。 しかし、少女は本しか愛していませんでした。

  少年の世界は少女だけでした。 しかし、少女の世界は本だけでした。


”まあ、なんてこの世界はつまらないの? 空飛ぶ魚も、伝説の剣も存在しない。 ああ、この世にあるのは、水の中でしか生きられない魚や、さび付いたナイフだけ。 おもしろいものなんか一つもないわ。”
少女はいつもぼやいていました。 少年は少女を愛していたので、少女の望みを叶えようとしました。


”火鼠の皮衣が欲しいわ”
”蓬莱の魂の枝をちょうだい”
”燕の子安貝を捕ってきて”


少年は少女の望みを叶えられませんでした。
ある日、少年は片足を失ってしまいました。
少女は少年を見捨てました。
少女は世界を見捨てました。

”やっぱりこっちの方がおもしろいわ”
そういって少女は本に食べられてしまいました。
ただ、幸せそうな笑みを残して。

それから、少年はたくさんの本を集めました。
本が好きになったわけではありません。
ただ、少年は待っているのです。 少女が頁と頁の間からひょっこり顔を出してくれるのを。



  ーお父様、お父様、その話はこれでおしまいですの?
「いいや、まだ続いているのだよ」
 ーふふふ、私には時々お父様の考えていることがわかりませんわ。   それにして片足がないなんて、まるで、

私が筆を止めると娘の声がやんだ。

私はそっと立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出した。 とたんに、自分でもどうしようもない苛立ちがが込み上げてくる。
私は世界中の何よりも其れこそ言葉で言い表せないくらいに本が、大嫌いなのだ。

表紙を開くと、少女のまがい物が飛び出してくる。

「居心地はどうだい?」
 ーぜんぜん。おもしろくなんかないわ。

わたしはそれをゴミ箱に捨てた。

義足が痛み出す。
早く、物語の続きを書かなくてはならない。