新しくはないが、立派な冷蔵庫はその能力の1割も発揮されずに、ただ無駄に電力をむさぼるだけの機械になっていた。

「……本当に何もねぇな。こんな寂しい冷蔵庫、久しぶりに見た」
「ビールとかチーズとか入ってる。戸棚にはカップラーメンと缶詰めもあるし」

ユキホは項垂れて、寂しい中身の冷蔵庫の戸を閉めた。

「ったく……。買い物しておいて正解だった」

彼はスーパーのレジ袋の中をがさがさと探り、いくつかの食材を取り出していく。

「嫌いなものはあるか?」
「特には。……スパゲッティか」
「不満か?」
「ううん」

ハルの返事を聞いて、ユキホは乾麺の袋を開けた。中のスパゲッティを取り出そうとして、ふと手を止める。

「とりあえず、俺とお前の二人分で平気だよな」
「うん。姉さんここしばらく帰ってきてないし」
「……あいつも大分駄目な奴だな」
「あんまり悪く言わないでよ。あれでもたった一人の姉なんだから」

そうだろうな、とユキホは彼の姉、カエデのことを思い出す。

彼らの母親はハルが12、カエデが18の時に他界した。父親も早くに亡くしていたので、当時小学生だったハルは親戚の家に引き取られることになっていた。
けれど、カエデが葬式会場で彼らに食ってかかった。弟は無愛想で礼儀知らずだし、あたしももうお金を稼げる歳だから、と。
そして、彼女は堂々とこう言い放った。

『ハルはあたしといるのがいちばん幸せなんです』

結局、彼らは二人で暮らすことを選んだ。
十八の娘が、小学生とはいえ成長期で思春期の少年を養うのだ。大変でないはずがない。なのに、二人はお互いに微妙な距離を取りつつも、不思議に甘い関係を築いている。
多分、お互いに依存しあっているんだろうな、とユキホは考えている。これが二人にとって良いことなのかはよく分らないのだけれど。

「じゃあ、作るからお前少しは手伝え」

ユキホの言葉に、ハルが口をとがらせて不満そうな表情を見せる。

「えー」
「えー、じゃねえよ。もう十六なんだし、何かしら覚えてカエデに作ってやれ」
「……じゃあ何作るのかおしえてよ」
「イカとトマトのアーリオ・オーリオ」
「何それ?」
「ぺぺロンチーノだよ。まあ、要するににんにくのスパゲッティだ」

そう言うと、ユキホは嫌がるハルの手を取って台所に立たせた。
包丁はどこにしまってあったか、と戸棚を片っ端から開けていると、玄関で錠の開く音となにかが床にたたきつけられたような物音がした。
二人は顔を見合わせて、玄関にむかう。

そこには、アルコールの香りをさせた若い女が一人いた。彼女は靴を履いたままで玄関マットに突っ伏して眠っていた。

「……スパゲッティの分量増やすか?」
「それよりまず、水を飲ませないと」

やっぱり、こいつは駄目な奴なのかもしれない、と普段気の合わない二人に同時に心配されたカエデは実に幸福そうな寝顔をしていた。