「はかないものね」
齢わずか9歳の王女は壊れゆく国を見据えて、ませた口調で言う。それは隣にいる私に向けられた言葉と言うよりもつぶやきに近いものだった。
窓の外に広がるのは壊れていく城塞。火に包まれる家々。そして、地を赤に染める兵士たち。
私たちが守ってきたこの国は、滅びるのだ。

「ねえ、死ぬのは恐い?」
空と海のを混ぜたような色をした彼女の瞳が私に向けられる。ああ、綺麗だなとなんとなく考えながら「いいえ」と首を横に振った。
「どうして?」
彼女はさらに問いかけてくる。私が死をおそれない理由。それを説明するための言葉は頭の中で出たり消えたりして、「一度は死んだ身だからですよ」と答えるのにしばらくの時間を要した。
彼女は私の答えに首をかしげ、“ふぅん”と溜息に似た音を出した。
「わたしはね、死ぬの恐いの」
彼女はさらりと言った。けれど彼女の蒼い目は涙で揺らいでいる。
「ごめんなさい」
彼女一人守ることの出来ない自分が不甲斐なくて、なにかの許しを請うように彼女に謝った。
けれど、彼女はそれを拒絶する。
「仕方ないわ。これがわたしの選んだ道」
一国の王女であり続けること。彼女は“生きる”という選択肢ではなくそれを選んだ。聡い彼女は決して自分に背かない。彼女の死に様は美しいに違いない。
蝶が空高く飛んでいくように、空に溶けていくように死ぬのだろう。
私も私の死に様を決めなくてはいけない。それならば私は。
「アゲハ様、私は貴方といっしょに死にましょう」

小さな王女は目に涙をためて、それでも誇り高く頷いた。