丘の上には見事なほど何もなかった。
確かにそこに在った幼き日々の想い出はみんな焼けこげてしまっていたのだ。けれど、遠くから聞こえる潮騒や、頭上に高く広がる青い空だけが奇妙に懐かしくて、僕は間の抜けた声をあげて笑う。


ポケットには大好きだった人の灰が一握り。
それを掴もうとして少し躊躇する。手のひらが酷く汚れている気がして、僕は両手を太陽にかざした。光に照らされた手には汚れなんてついてないのに、何故かじっとりと薄汚れた膜に包まれている心地がする。


「戦争は終わったんだよ。もう誰も死ななくていいんだよ」
僕はポケットの中の彼女に語りかける。当然何の返事も返ってこない。
あの人はもう死んでしまったのだから。
僕はようやくポケットの中から小袋を取り出し、その紐を解く。その中身はあまりにも軽くて泣きそうになった。
西風が吹く。僕らが戦争をした国から吹いてきたのだ。頬を生暖かく撫でる其れはたくさんの人の涙を孕んでいるのだろう。
僕は人を殺した。そして、彼らの死を悲しむ人がいて、その人たちは今の僕と同じ思いをしている。僕はそれを忘れてはいけないのだ。
小袋の中身を取り出し、風に乗せる。彼女だったものは空に浮き、やがて、西へと飛んでいく。
彼女に向ける別れの言葉はのどの奥につまって上手く言えなかった。
吹き続ける風は妙に優しくて、僕は泣いた。



(あなたのことが好きでした)